阿部房次郎(1868-1937)

 阿部房次郎氏は、彦根藩士の辻家に生まれ、近江の巨商である阿部家の婿養子となって商才を磨き、東洋紡績株式会社(現 東洋紡株式会社)社長ほか関西経済界の要職を歴任した実業家です。晩年にはその功労によって貴族院議員に勅選されています。仕事の傍らに東洋美術とりわけ中国絵画を愛好し、内藤湖南や長尾雨山ら碩学に意見を仰ぎながら熱心な収集をおこないました。

 現在、大阪市立美術館に収蔵される氏のコレクションは160件を数えますが、その白眉は完顔景賢旧蔵の宋元以前にさかのぼる作品群です。伝張僧繇《五星二十八宿神形図巻》、伝王維《伏生授経図巻》、伝李成・王暁《読碑窠石図軸》、燕文貴《江山楼観図巻》、宮素然《明妃出塞図巻》などは、中国絵画史を語るうえで欠くことのできないものです。そのほか蘇軾《行書李白仙詩巻》など世界的に知られた名品が含まれています。氏はかつて自身の蔵品について「これが国家社会に役立つ時機は何れの日か」と歎じたそうです。この収集が個人の愛好に止まるものではなく、高い志によって成し遂げられたことがわかります。その遺志を継いだ令息の孝次郎氏によって、昭和17年(1942)に大阪市立美術館へ寄贈されました。

(伝)王維 《伏生授経図巻》 唐 (重要文化財)

蘇軾 《行書李白仙詩巻》 北宋 (重要文化財)